今なぜ安全保障関連法案(戦争法案)? 【弁護士 加藤 芳文】


(初めに)

 私は大学で50年前芦部信喜という40代半ばの助教授から憲法を習った。鼻が悪いらしく,すすりあげながらのマイクであったが人権・憲法訴訟・憲法制定権力など彼の得意分野の講義を聴いた覚えがある。以来、日本国憲法がこのように蹂躙されるときが来るとは,夢にも思わなかった。先生は1999年に亡くなったが草葉の陰でさぞや嘆いているに違いない。

 司法試験の勉強でも,憲法の学習が一番おもしろく学び甲斐があり受験勉強を離れて必要のない戦前の歴史まで脱線して学習した。

 なぜなら日本国憲法の誕生は大日本帝国憲法の下で行われた「満州事変」から「支那事変」(日中戦争)、「太平洋戦争」に至る15年戦争の歴史と密接不可分だったからである。

 

(集団的自衛権容認・戦争法案強行の背景)

 安倍内閣が自民党歴代内閣が,党是として憲法改正を掲げながら手をつけてこなかった集団的自衛権容認にまで踏み込んで憲法の改悪(とりあえずは解釈改憲)を企図する背景は何なのか?

 右寄りと言われた中曽根・小泉政権(中曽根首相はレーガンと「ロン・やす」の仲、小泉首相はプレスリーの真似をして「ブッシュのぽち」と揶揄された)さえそこまでは手を突っ込まなかったのに。

 

 ① 基本は戦争に負けて(8月15日は終戦記念日ではなく敗戦記念日)占領され講和・安保条約締結のなか対米従属下にあること,その中で米国の国際的影響力が 低下し,「金を出すだけではダメ、おまえも血を流せ,グランドに降りろ」と米国から脅迫されていることだろう。(日米ガイドライン・アーミテージ報告)

 

 ②そこへ国内にもともとある安倍ら軍国主義復活を企図する勢力が「得たりやおう」と呼応したのではないか。もちろんそこには官僚財界の意向も見え隠れする。彼らの思想的背景は抜きがたい戦前回帰・皇国史観にある。(天皇がそうした安倍を嫌い、嫌がらせのごとく戦跡巡歴の旅を続けているのは何とも皮肉である)

 

 ③ところで,日本の保守層が抜きがたく右回帰を企図するのには理由がある。それはドイツのように侵略戦争の総括がなされぬまま今日に至っているからである。

 戦勝国が一方的に行ったという東京裁判批判、慰安婦問題攻撃、旧満州の妖怪と言われた商工大臣岸信介が戦後総理大臣になるという体質が戦後自民党に脈々と受け継がれている。(ちなみに現在の自民党政治家は戦前の大臣や官僚の血を引く2代目3代目が多い。)

 安倍に至っては15年侵略戦争の総括はおろか,戦争の実態・歴史そのものを学習していないと思われる。だから戦後70年の談話で侵略戦争を認めたくない。彼は侵略戦争の総括をしないまま権力の座にあぐらをかいてきた自民党が生んだ鬼っ子であると言えよう。

 

(これからどうなるのか)

 ①と言うわけで、今回の安全保障関連法案すなわち戦争法案の背景は力の落ちた米国の役割分担を求める圧力と、限りなく戦前回帰を目指す日本支配層の思惑が合致したところにあることは明らかであるが、今後一体日本はどうなるのか。

 私は、米国の圧力、日本支配層の思惑が何であれ、敗戦とその中で生まれた日本国憲法の下で戦後70年の長きに亘って培われた国民の反戦・平和意識は強固なものがあり、容易に崩れ去るものではないと確信している。(それは空襲被害・沖縄地上戦・広島・長崎原爆被害の記憶に象徴される)

 だから今起きていることは,侵略戦争総括のないまま来た保守支配層の戦前回帰の攻撃と、侵略戦争に懲りた平和を希求する国民の激しいせめぎ合いであると言えよう。

 

 ②戦争法案の行方は予断を許さない。原発再稼働・TPP・労働者派遣法改悪・教科書問題など安倍自公政権の政策はそのどれをとっても反国民的であり、まさに彼が言うように「戦後レジームからの脱却」を目指すものである。

 しかし、予想に反した憲法学者の集団的自衛権容認憲法違反の意見表明・国会論戦での追及・各種世論調査の反対意見多数・毎日のように繰り返され参加者が増え続ける国会包囲・全国各地での抗議行動の中で、衆議院7月15日強行採決を境目にようやく支持率は落ち込み始め危険水域に近づいている。そこへ自民党議員の言論弾圧発言やオリンピック競技場問題などが追い打ちをかけ、安倍内閣は確実に窮地に陥りつつある。今や今回の法案が憲法違反でないとの反論は困難になり、国際情勢の変化という「必要性」しか言えなくなっている。

 

 ③米国の行う戦争に自衛隊が参戦すれば、世界の各地で殺し殺されることになり,我が国へのテロの脅威も高まることは必至である。

 70年間一人も殺さず殺されず続いた平和を守るため,舞台は参議院に移ったが引き続き皆さんとともにしっかり闘っていきたい。

 もし読者の中に,そうはいっても中国・北朝鮮がとか,日本だけ闘いに参加しないのはずるくはないかという方が一人でもいたら、理屈を言う前にぜひ70年前の悲惨な15年戦争(日本人死者310万人、海外の死者約2000万人)の生々しい学習をしていただきたい。それは天皇制ファシズムによる国民の被害の歴史であると同時に,アジア諸国民に対する空前の加害の歴史でもある。

 

 ④ところで15年戦争に戦前の国民は今のように反対したのか。言論の自由がなく治安維持法という悪名高き治安立法の脅しの中、また教育勅語により天皇は現人神あるという教えをたたき込まれる中で,ごく一部の人たちを除き「勝った。 勝った」の軍部報道(大本営発表)とマスコミにだまされ、残念ながら反対どころか進んで戦地に赴く人が多かったのである。(1億総「軍国主義青年」状態)

 したがって、その轍を踏まないように心しなければいけない。

 芦部教授は、「憲法学」のはしがきで「学業半ばにして軍務に服し,戦後新しい憲法とともに歩んできた私のような大正世代には,憲法の原点への熱い思いがある。」と述べている。