「民法改正」何が変わるの?生活への影響は? 【弁護士 城﨑 雅彦】

 

一 何故,民法は改正されるの?

  =120年ぶりの民法改正=

 

 民法(債権法)の改正案が今国会に上程されようとしています。民法は,財産の帰属・移転についての契約関係や結婚・離婚・相続など,私たちが生活してゆくうえで必要な基本ルールを定めた法律です。現行の民法は明治29年にフランスの民法を参考にしながらつくられました。戦後,昭和22年に日本国憲法の制定を受けて「親族・相続」の部分が全面改正されました。その後,平成16年に文語的な表現であった条文を読みやすくするために現代用語化されましたが,中身の改定は行なわれませんでした。このような状況から,平成21年10月,法務大臣は「民法のうち,契約関係などを定めた債権法の各規定について,制定以来の社会・経済の変化に対応し,国民一般にわかりやすいものとするよう」諮問し,今回の改正作業がスタートしました。

 

二 どのように改正されるの?

  =民法改正の重要ポイント=

 

 条文上の改正点は,200項目にも及ぶものとなっていますが,その中から私たちの生活に関連の深いところを中心にその内容をみてみましょう。

 

1 消滅時効の時効期間

  =原則5年に統一=

 

 「時効」という言葉は聞いたことがあると思いますが,「債権の消滅時効」とは,債権が一定の時間の経過によって消滅してしまうことで,その一定の時間のことを「時効期間」といいます。現行の民法では,通常の債権の時効期間は10年(会社間等の商取引による債権ついては,商法で5年)と定められています。

 また,「短期消滅時効」といって,特別な債権については時効期間が1~3年と短い期間が定められています。旅館や飲食店の料金は時効期間が1年となっていますので,「飲み屋のつけは1年経てば踏み倒せる。」ことにもなります。弁護士の報酬は2年,医師の診察料や棟梁の手間賃は3年と職業別に短期の時効期間が定められています。(因みに税理士や司法書士については規定がないので,時効期間は10年です。)

 今回の改正では,「短期消滅時効の制度」を廃止したうえ,時効期間については原則「5年」としています。債権の種類によって時効期間が異なることは債権管理の点で大きな障害になっていましたし,取引上の債権の時効期間についても民法の10年になるのか,それとも商法の5年になるのかその区分が不明確で,混乱することが多々ありました。宿泊料や飲食代が1年で請求できなくなることは他との対比でも不合理でしたし,職業によって報酬についての時効期間が異なるとすることも根拠がありませんでしたので,改正に至ったものです。

 さらに,不法行為による損害賠償請求権の時効期間についても,変更されます。現行の民法では,不法行為による損害賠償について「損害及び加害者を知った時から3年」となっていますが,改正案では「人の生命又は身体の侵害による損害賠償については5年」とし,生命身体に関する損害については,時効期間を延長しています。交通事故のケースでみると,物損についての時効期間は3年ですが,人身損害に関する損害賠償(治療費,慰謝料,逸失利益等)ついては5年に延長され,被害者の保護を厚くしています。

 

2 個人根保証契約について

  =保証限度額の記載がないと無効=

 

 改正案では,「保証人の悲劇」を生まないように,保証契約について大きな変更を行なっています。ただし,この改正は,保証人が個人の場合であって,法人が保証する場合には適用されません。

 「根保証」とは,将来に発生する様々な債務についてそのすべてを保証人が保証するというもので,保証契約のなかでも,最も負担の大きい危険なものです。通常の保証とは「一回の貸し借りに関する保証」で,保証人にはその金額もわかっていますので,最悪の場合の負担額も予測できます。しかし,これが根保証となると,貸し借りが繰り返されたり、手形の割引も行なわれたりします。そして,その取引から生じるすべての債務について保証することになりますから,その総額が一体どれくらいになるのか保証契約時ではわかりません。このような根保証契約の危険性から,平成16年の民法の一部改正で,貸金等に関する根保証契約では,保証人が保証する債務の限度(これを「極度額」といいます。)を定めないと保証契約は無効としました。

 今回の改正案ではこれを拡げて,個人が保証人となる根保証契約については,どのような場合でも「極度額」を定めないと無効とするとしています。たとえば,アパートや店舗を借りるときに締結される「建物賃貸借契約」では,親族などが保証人となりますが,この場合も契約書の書面に「極度額(責任を負う限度額)」が定められていないと無効になります。

 また,会社が取引先から商品を継続的に仕入れるときに「継続的売買契約」を締結し,その際,会社の代表者が個人保証を求められることがよくありますが,この契約においても極度額の記載がないと,保証は無効となります。

 尚,この根保証の規定は次に述べる「事業用資金の借入に関する個人保証の場合」と異なり,保証人が主債務者と実質的な一体関係があっても適用除外となりませんので,注意が必要です。

 

3 個人保証の制限

  =保証の意思が事前に公正証書で確認されなければならない。=

 

 「保証人になってくれないか。絶対に迷惑をかけないから」と先輩や恩人から頼まれてノーと言えず,「まあ,大丈夫だろう」と軽い気持ちで保証人の印を押し,後に多額の請求を受けてしまったという保証人の悲劇が繰り返されています。とりわけ,事業用の資金の借入れについて,事業とは関係のない第三者が保証人となり,事業の失敗によって多額の保証債務の請求を受けて自己破産に至るという事例は後を絶ちません。このことから,改正案では「事業用の資金の借入等に関する保証契約(根保証契約も含む)」は原則として無効とし,公証人による保証の意思の確認が行なわれている場合についてのみ有効としています。さらに,公証人による意思確認と公正証書の作成は,保証契約を行なう「1か月以内」にされていなければなりません。このために,保証人が身分証明書を揃えたうえで,自らが公証役場に出向かなければなりません。手続は厳格ですから「軽い気持ち」で保証人にはなれませんし,依頼する方も同じです。「事業用資金」の要件ついては,使用目的が特定されていないキャッシングカードを利用する貸金債務の根保証契約についても適用されると言われていますので注意が必要です。

 ところで,この規定には例外規定があります。まず,保証人が個人ではなく,法人の場合は除かれますし,個人であっても,主債務者(借主本人)と密接な関係にあるものが保証人となる場合は,この制限を受けません。

密接な関係にあるものとは

 ①主債務者が法人の場合は,法人の理事,取締役,執行役,過半数の議決権を有する大株主等

 ②主債務者が個人の場合は,共同事業者,事業に従事している配偶者

となっています。ですから,広く行なわれている「会社の借入れについて,代表者や役員が個人保証をする場合」には,公正証書は不要です。しかしながら,夫の経営する個人会社が行なう事業に妻が従事していても,取締役になっていない場合は例外にはなりませんので,公証人による意思確認が必要となります。

 尚,今回の保証契約に関する改正については「貸し渋り」につながるのではないかなどの指摘もありますが,通常の金融機関は平成18年頃から徐々に第三者保証を取らなくなってきており,金融庁も2011年に経営と関係のない第三者保証を極力取らないよう通達を出していることから,正規の金融機関からの融資については影響が少ないとも言われています。

 

4 法定利率の変更

  =5%から3%ヘ 3年毎の変動制に=

 

 利息を生む債権の利率について契約で取り決めをしなかったときには,法律で定める利率が適用され(これを「法定利率」といいます),現行の民法では年5分(5%)とされていましたが,これが3%に変更されます。バブル期には10%を超える金利も当たり前でしたが,近年では国内銀行の貸出約定金利が1%,住宅ローンが2%,無担保のマイカーローン等が3%程度で,法定金利は実勢金利とかけ離れていました。そこで,法定金利を3%に引き下げるとともに3年毎に貸出金利の増減にあわせて法定金利を見直すという「変動制」を取り入れることとしています。金融機関との取引など実際の契約では利率は決められていますので,法定利率が適用されることはありません。その意味では法定金利の引き下げの影響は大きなものではありません。この法定金利の引き下げが最も影響するのは,人身事故に関する損害賠償請求のケースです。交通事故や労災事故などで死亡したり,後遺障害が残ったときには,被った損害の一つとして逸失利益の請求ができます。

 遺失利益とは,事故によって失った将来において受けられる利益のことですが,逸失利益の計算においては,法定金利の5%で中間利息が控除されます。これが3%になると,損害額から控除される中間利息が減るために,受けられる賠償額が増えることになります。交通事故による損害保険会社の支払保険金は相当増えることが予想され,これが保険料の値上げにつながるのではないかと指摘されています。

 

5 約款について

  =消費者に一方的に不利益な約款は無効=

 

 平成26年8月時点では,民法改正案に「約款」に関する規定を盛り込むかについて意見がまとまらず継続審議とされましたが,本年2月10日の法制審議会において,「約款」に関する明文規定を置くことが全会一致で了承されました。「約款」とは,保険の契約やインターネットでの買い物などで,事業者が契約の条件として私たちに示す「定型的な条項」のことです。よくネット取引で, 『同意する』 と求められる細かな条項です。現代の定型的な取引においては,迅速かつ効率的な対応をしてゆくために,事業者は個別に取引条件を協議して決めるということをせず,同一内容の契約条件を示して進めてゆきます。消費者の側では細かな字の「約款」はあまり読みませんし,読んでも途中からわからなくなるというのが正直なところです。このような実態からみて,約款を有効なものとして良いのかどうか疑問がありましたが,民法には約款に関する規定がありませんでした。

 今回の改正案では約款について,「事業者が約款を契約内容とすることについて利用者と合意するか,そのことを事前に示していれば,利用者が内容を理解していなくとも約款は有効とする」一方で,「消費者が一方的に不利益となるような条項は無効」としています。これは,これまでの裁判例で採用されてきた考え方と同じですから,今回の改正が大きな変化をもたらすものではありませんが,民法で明文化されることによって,事業者は消費者の利益を一方的に害していないかなど約款の見直しが求められます。

 

6 いつから改正になるの?

  =改正作業の進行状況=

 

 民法(債権法)に関する今回の改正は,具体的な法案化作業を経て,国会に上程されることになります。当初,本年3月中には可決される見込みとの報道もありましたが,現時点(3月20日)では国会に上程されておらず,もう少し,時間がかかるようです。法律は可決されれば直ちに改正された内容で適用されるというものではなく,いつから適用するかという「施行時期」も併せて決められます。施行時期については現段階ではっきりしていませんが,今国会で成立するとしても,施行時期はおそらく1~2年後となるだろうと言われています。また,法律の改正では原則として遡及されることはありませんので,契約時に有効なものがその後に施行された改正法の適用によって無効となることはありません。

以上