「秘密保全法」が守ろうとするもの 〜国の秘密を守るため、市民の権利はないがしろ〜 【弁護士 山添 健之】

○「秘密保全法」制定のうごき

 皆さんは「秘密保全法」という法律が、今、制定されようとしているのをご存じですか。「秘密保全法」という名前から、「私たちのプライバシーを守ってくれる法律」と誤解されている方もいるかもしれません。

 しかし、秘密保全法は、決して、私たち市民を守るための法律ではなく、国が都合よく決めた「国の秘密」を守るためには、市民の知る権利を奪い、市民の身辺調査等のプライバシー侵害も許してしまう、とんでもない法律なのです。

 そもそも、国が秘密保全法の制定を言い出した「きっかけ」は、2010年に発生した尖閣諸島の中国漁船衝突時の映像が、海上保安官によりインターネット上に流出させられた、いわゆる「尖閣ビデオ流出事件」です。

 このような「国の安全」にかかわる情報の流出は、国益を著しく害するものであるにもかかわらず、このような行為を適切に処罰する法律がないから、今「秘密保全法」が必要である、というのが、国の言い分です。(あとで述べますが、この事件は、国が「秘密保全法」制定を言い出す「言い訳」に過ぎず、その真意は別のところにあります。)

 

○「秘密保全法」の守ろうとする「秘密」とは?

 ここで、秘密保全法の中味をみてみましょう(ただし、秘密保全法は、未だ法案が存在するわけではなく、法案の検討に関する国の情報も「秘密」にされています。したがって、2011年8月に国の有識者会議が発表した「秘密保全のための法制の在り方について」と題する報告書を手がかりに、中味を検討します。)

 まず秘密保全法が守ろうとしている「秘密」の範囲ですが

              ①国の安全

              ②外交

              ③公共の安全と秩序の維持

とされています。とてもあいまいな規定ですね。

 過去に国は、「国家秘密法案」(いわゆる「スパイ防止法案」)を制定しようとして、市民団体・マスコミ・法律家団体の反対運動を受けて廃案になったことがありましたが、この法案が守ろうとした秘密は「防衛及び外交に関する・・事項」等で「我が国の防衛上秘匿することを要し、かつ、公になっていないもの」でした。これと比較しても、秘密保全法の「秘密」の範囲が抽象的かつ広範囲の事実を含みうることがわかります。

 

○原発のデータも「国の秘密」?

 福島の原発事故を受けて、現在、原発を廃止するか、あるいは再稼働のうえでこれまでどおり推進していくのかが大問題となっています。そのような議論をするためには、原発の安全性に関する情報が、包み隠されることなく国民の手に届くことが極めて重要ですが、秘密保全法が制定されれば、原発の構造等に関する情報は、「公共の安全」に関する「秘密」として、全く市民が手にすることができなくなるかもしれないのです。

 また、今回の事故では、SPEEDIという大気中の放射性物質拡散予測のデータが公表されず、適切な避難を行うことができなかったとして、政府は大きな非難を受けましたが、秘密保全法があれば、このような情報隠匿も正当化されうるのです。

 

○国の情報を知ろうとする市民・マスコミも犯罪者

 秘密保全法は、前記①〜③の秘密を漏えいした者、間違って漏えいした者(過失犯)、漏えいしようとしたが結果的に漏えいしなかった者(未遂犯)、他者に秘密を漏えいさせようと命令した者(教唆犯)、他者と共同して漏えいするための話し合いをしたもの(共謀犯)について、最高10年の懲役という重罰で処罰しようとしています。

 なお、秘密漏えいの処罰対象とされているのは、「業務により特別秘密を取り扱う者」として、公務員のほか、独立行政法人や大学・研究所の職員、民間会社の労働者も対象となっているのですから、多くの労働者が、秘密保全法により処罰されうるのです。

 ちなみに、現在「国の秘密」を守るための罰則規定として、国家公務員法の秘密漏えい罪が「一年以下の懲役」、自衛隊法上の防衛秘密漏えい罪が「五年以下の懲役」を定めていることと比較しても、秘密保全法の罰則規定が異常に重いことが理解できると思います。(ちなみに、国が秘密保全法制定を言い出すきっかけとなった、尖閣ビデオ流出事件の「犯人」も、「起訴猶予処分」となっています。)

 そして、何より問題なのは、「秘密を取得しよう」とする市民・マスコミも、「特定取得行為」として、最高10年の懲役をもって処罰されようとしているのです。前述したように、極めてあいまいかつ広範な「秘密」について、これを取得しようとする市民・マスコミ関係者を重罰に処することを許せば、「国が市民に隠したいこと」を容易に隠匿できるようになることは、明らかです。

 

○国の秘密を扱う労働者や、配偶者・恋人のプライバシーは丸裸

 秘密保全法は、このような広範な罰則規定以外にも、「国の秘密を守るため、市民の権利をないがしろ」にする様々な規定があります。その一つが「適性評価制度」という、例によって耳障りのいい名前をつけられたシステムですが、これは、「秘密」を扱う労働者について、本人はもちろん、配偶者や恋人にまで、海外渡航歴、犯罪歴、懲戒処分歴、経済的信用状態、しまいには精神科の通院歴まで調査することを許す制度です。

 秘密保全法は、「国の秘密」を守るためなら、市民のプライバシーなど、一顧だにしないことが、明らかになるのです。

 

○アメリカと戦争をするための国作り

 さて、国は、このような秘密保全法を、なぜ、今、制定しようとしているのか。尖閣ビデオ流出事件が制定の「いいわけ」に過ぎないことは、同事件の犯人が、結局起訴猶予処分となっていることからも明らかです。

 その理由は、一言で言えば、「アメリカと一緒に戦争をするための基盤作り」にほかなりません。アメリカは、日本に対してことあるごとに「集団的自衛権行使の合法化」(要は、アメリカが攻撃を受けたときに、自衛隊が米軍と一緒になって反撃してくれ、ということ)を求めるとともに、「機密情報を保護する法律の立法化」を求めています。つまり、一緒に闘う日本が、アメリカの秘密を漏らさないように、しっかり法律を整備しろ、というのです。

 このようなアメリカの「要求」に従順なまでに従い、市民に危険性を隠したまま法律の制定に走ろうとする日本政府は、恐ろしいまでの対米従属としか、いいようがありません。

 

 昨年12月の総選挙により、政権が交代し、安倍政権ができました。安倍政権は、夏の参院選までは、「経済の立て直し」等の耳障りのいいことをいって「ボロ」を出さないようにし、参院選後は憲法改悪に突っ走るであろうことは目に見えています。

 そして、自民党が昨年公表した改憲草案では、「国防軍」を設置すること、そして、「国防軍」が集団的自衛権を行使できることが、明確に定められています。

 仮に安倍政権が、9条の「明文改憲」が困難であると考えたとしても、自民党は「国家安全保障基本法」なる法律(昨年7月に自民党より概要が公表されています。)により、「解釈改憲」で、集団的自衛権の行使を可能としようとするでしょう。

 そうすると、必然的に、秘密保全法も制定が目指されることとなることは、明らかなのです。

 

○みんなで「秘密保全法絶対反対」の声を

 これまで述べたように、秘密保全法は、「悪法の中の悪法」とも言うべき法律であり、なんとしても成立を阻止しなければなりません。私たちも、自由法曹団や日弁連等の法律家団体で、秘密保全法反対の意見書を公表したり、マスコミ関係団体と共同して反対の運動を進めていますが、秘密保全法の危険性を広く市民に知って頂くことが、より重要であると考えています。当事務所では、市民の皆様が開催される勉強会の講師等のご要望には、ぜひ応じさせて頂きますので、ぜひご一緒に、秘密保全法反対の運動を進めていきたいと思っています。