江戸川区スーパー堤防事業取消訴訟について  【弁護士 田村 文佳】

1 江戸川区スーパー堤防事業取消訴訟とは
 江戸川区18班地区の住民11名が、江戸川区を被告とし、2011年11月11日に、東京地方裁判所にスーパー堤防事業取消訴訟を提起しました。これは、江戸川区が2011年5月7日に行った「東京都市計画事業北小岩一丁目東部土地区画整理事業」に関する事業計画の決定に違憲・違法があるとして、その取り消しを求める裁判です。
スーパー堤防事業は、200年に1度の大洪水に備えるための堤防でこれまでのペースでいくと、その完成には400年を要し、全区画の事業費は推計約11兆円以上かかるといわれています。2010年10月28日、内閣府行政刷新会議が行った事業仕分けにおいて「スーパー堤防はスーパー無駄遣い」だとして、「廃止」の判定が出されました。2012年8月に行われた見直し検討会においても、一部の箇所を除いて、廃止が相当との報告がなされています。にも関わらず、江戸川区は単独事業としてでも本件事業計画を強行しようとしています。
裁判提起からすでに1年余りがたち、その間、計7回の裁判が開かれました。これまでの原告の主張と被告江戸川区の反論を簡単にご紹介します。
2 原告の主張
(1)これまでの裁判の中で、原告が主張している違法性は大きく分けると以下の二つになります。
① 本件都市計画決定の違法性・違憲性
② 本件事業計画決定の違法性・違憲性
(2)本件都市計画決定の違法性
  法律上、市町村は、都市計画に定められた施行区域内についてのみ、土地区画整理事業を行うことができるとされています。したがって、本件事業計画決定を行うに際しても、都市計画決定がなされており、まずはこの都市計画決定自体がそもそも違法であるとの主張をしています。
  本件事業計画決定は、本件都市計画決定を前提としてなされていることから、本件都市計画決定が違法であれば、違法な都市計画決定を前提とした本件事業計画決定も違法となるのです。
本件都市計画決定の違法な点は以下の通りです。
ア 本件都市計画決定は、スーパー堤防事業との共同実施を前提としているが、そもそもスーパー堤防事業自体不必要で不合理なものであるから、本件都市計画決定は違法である。
イ 本件都市計画決定が前提としているスーパー堤防事業は、2010年10月28日のいわゆる事業仕分けにおいて「廃止」との判断がなされるなど、スーパー堤防事業自体に重大な変更が生じていたのであるから、本件都市計画決定もその内容を変更すべきであるのに、これをしていない本件都市計画決定は違法である。
今後は、この主張をしていく中で、スーパー堤防事業がそもそも治水事業として不合理であることや、莫大な事業費がかかりおよそ効率的ではないことなどを具体的に主張することになります。
(3)本件事業計画決定の違法性・違憲性
 もうひとつの大きな柱となる違法性の主張は、本件事業計画決定自体の違法性・違憲性です。事業計画決定とは、18班地区に土地区画整理事業を行う際に必ず経なければならない手続の一つで、事業計画には区画整理事業の概要などが記されています。二つ目の違法性の主張は、本件都市計画決定が違法ではなかったとしても、そもそも本件地区を対象にした本件事業計画決定自体が違法であるとの主張になります。
 この主張のなかで述べられている主な点は以下の通りです。
ア 盛土の危険性
  スーパー堤防をつくるためには、盛土をする必要がありますが、その盛土自体、危険な工法であることが判明してきています。18班地区のスーパー堤防は、その盛土の上に住民が居住することを想定しており、地震等によりひとたび地盤自体の崩壊、陥没等が発生すれば、住民の生命にも関わる甚大な被害が発生する危険性があります。
イ 18班地区にスーパー堤防事業が不要であること
  歴史的にみても18班地区には洪水の被害が発生したこともなく、スーパー堤防事業が持ち上がった平成13年当時、18班地区はその対象になっていなかったことからも、18班地区にスーパー堤防などそもそも不要であることが明らかです。
ウ 住民に対する過酷な負担と地域コミュニティーの崩壊
  本件事業計画は、一度18班地区の住民を全て退去させて家屋を取り壊して盛土整備を行い、再び住民に戻ってきてもらうことを前提としています。住民らは住み慣れた自宅を取り壊され、さらに仮住まい期間は数年に及ぶ長期間が予定されており、再び戻ってくるためには新たに家を購入する必要もあり、精神的、経済的にも過酷な負担を強いる内容となっています。このように、住民に多大な負担を強いる事業計画は到底認められません。
 このように、本件事業計画は住民の生活を安全・快適にするどころか真逆の結果を招きかねないことから、その内容自体違憲・違法なものであると主張しています。
3 江戸川区の反論
 上記のような私たちの主張に対し、江戸川区からは以下のような反論がなされました。
ア スーパー堤防事業について
  江戸川区は「事実上スーパー堤防と本件区画整理事業は共同で進めてきたが、法律上は全く別個の事業であるから、18班地区の区画整理事業の違法性を争う裁判において、スーパー堤防事業の当否は無関係である」としています。スーパー堤防事業が本件裁判の争点にならない以上、反論する必要もないとして、スーパー堤防事業の内容について何ら具体的に言及していません。
  また、江戸川区は、「仮に、スーパー堤防事業が不要であったとしても、それによって本件都市計画決定の必要性及び有効性が失われるわけではない。」としています。「スーパー堤防が不要か否かにかかわらず、本件地区において市街地改善が必要とされている事実に変わりなく、また土地区画整理事業によって市街地改善という、目指す効果が得られることにも変わりはないのだから、スーパー堤防が不要であることは、本件都市計画決定の違法性と関係がない」という主張です。
イ 18班地区の土地区画整理事業について
 この点については、「その目的や手続においても適法であり、何ら違法性はない」との主張をしています。盛土についても、原告が主張する盛土の危険性は抽象的な一般論にすぎず、「むしろ盛土は『窪地』になっている18地区の高低差をなくすことから住民の生活上の支障を軽減するものだ」としています。
 また住民に2回の移転をさせ、多大な負担を課すものだとの主張に対しては、これまで区民のための街づくりとして進めてきたにも関わらず、そもそも「土地区画整理事業が住民に過酷な負担を与えないものでなければならないとの規範を導くことはできない」などと主張しています。また、その点を措いたとしても「2回の移転を強いること自体、区画整理事業において特別なことではない」、「再び18班地区に戻る際の諸費用は当然施工者である江戸川区が補償することになるから、住民に多大な経済的負担は生じない」としています。
 今後はこのような江戸川区の主張に対し、法的根拠を主張し続けるとともに、盛り土を含む工法が如何に危険なものであるか等、具体的な立証をしていくことになります。
4 皆様のご支援をお願いします
 昨年末に国土強靭化を掲げる新政権が発足し、2013年1月11日に「日本経済再生に向けた緊急経済対策」が閣議決定されました。対策では、補正予算案10・3兆円の約半分を公共事業にあて、「復興・防災対策」の分野に重点的にお金をかけていくとしています。
 このような流れの中、まるで意味のないスーパー堤防事業も「大災害に備える強靭な社会基盤の整備」に位置付けられ、大規模公共事業として復活しかねません。
 著しく不合理なスーパー堤防事業よりも、東日本大震災、原発事故の問題など、ほかに予算を回すべき課題は山積しております。市民の声を裁判所へ届けるべく、ぜひとも皆様のご支援をお願い致します。