遺言をめぐる紛争

弁護士 城崎 雅彦

1 事務所では,皆様の関心が深いと思われる法律問題について,わかりやすく, 面白く,解説し,問題に対する正しい理解を得るとともに,法律事務所の存在 意義を高めようということで,「法律セミナー」を関催してきました。


  第上回「相続問題」   講師 加藤弁護士 平成22年10月22目

  第2回「遺言について」 同 城崎弁護士 平成23年5月27日

  第3回「成年後見制度」 同 衆庶弁護士 平成24年2月24目(予定)

2 第2回のセミナーでは,遺言に関する全般的な解説をしましたが,ここでは, 現実に裁判となって争われる「遺言書の無効確認訴訟」について報告致します。


  遺言書が無効とされる理由は,大きく分けて次の二つです。


   ① 遺言書が法律の定める方式に従って作成されていない。
   ② 遺言者に,遺言を作成する能力がない。

 

3 ①方式違反を理由とする無効確認訴訟


  遺言書には,「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」(民法では,そのほかに「秘密証書遺言」がありますが,例外的なものです。)かおりますが,それぞれ,その方式が決められています。

  「遺言は,この法律(民法のこと)に定める方式に従わなければ,これをすることができない。」と定められ,自筆証書でも,公正証書でも,その作り方に関する要件が民法に規定されています。

そして,法律が定める作り方に違反している場合には,その遺言は無効ということになります。


  自筆証書でいえば,「目付けがない」,「印鑑が押してない」,「全文が自署されていない。一部に,活字が使われている。」等の場合です。

公正証書については,法律の専門家である公証人が作成したものなので,法律の定める方式に違反していることはほとんどありませんが,過去の裁判例の中では,「公証人が,遺言者から遺言内容を直接聞き取っていない。」とか「読み聞かせに対し,遺言者が承認していない」等で無効となっているケースもあります。

 

 

 

②遺言能力がないことを理由とする無効確認訴訟


  現実の無効確認訴訟のほとんどのケースが,遺言者に遺言能力がないことを理由とするものです。


  民法では,未成年老にも遺言能力を認め,「満15歳に追したものは,遺言ができる。」と定められていますが,未成年老の遺言が問題となったケースは,これまで,問いたことはありません。


  それでは,現実にはどのようなケースが問題となるのか,それは,「認知症的な状況がうかがわれる高齢者の方が自筆証書遺言を作成して死亡した」という場合です。


  遺言は「自分の財産をだれに相続させるか,あるいは,させないか」等重犬な内容の意思を表示するものです。

意思の表示に,その内容に従った法的効果が認められるためには,まず,その意思の表示が本物の意思(本心)によるものでなければなりません。ふざけて,戯言として作成したものや正体不明の泥酔状態(現実にはあまり考えられませんが)での意思表示は,無効です。
 

  それでは,成年後見の審判を受けて,後見人が選任されている人(「成年枝後見人」と言います。)はどうでしょうか。


  成年枝後見人は,「精神上の障害により,事理を弁識する能力を欠く常況にある」と認定されて成年後見の審判を受けているわけで,意思能力はないものとされていますから,遺言能力も否定されます。

但し,成年枝後見人といえども,意思能力を一時的に回復することはあるわけですから,そのようなときは,遺言能力もあると判断されます。この場合,法律は特別な規定を設け,「遺言に際し,医師が二人以上立会い,遺言書に,意思能力を欠く状態ではなかった旨付記したうえ,医師が署名押印すること」と定めています。
 

  高齢者の方が成年後見を受けている場合は,法の規定に従い,遺言の効力は明らかですが,問題となるのが,成年後見は受けていないが,認知症が一定進んでいると認められるケースです。
 

  御承知のとおり,症状の進行程度は千差万別で,また,その症状は時とともに変化し,状態の良い時は意思能力が回復していると認められるが,悪い時は実の子供の顔すらわからない状況になるから,財産を誰に相続させるか等理解できるはずはないということになります。


  このようなケースで,いったい,遺言書を書いた時点では,遺言者はどのような状況にあったのか,裁判では,正に,この点が争われることになります。


  遺言の効力が争われるケースでは,相続人間の感情的な対立も深く,さらに,内容の異なる遺言書が複数作成されている等困難な条件が重なりあい,紛争は泥沼化することもまれではありません。


 裁判においては,遺言者に対するカルテや看護記録,認知症に関する検査記録が重要な証拠として判定されることになりますが,裁判官にとっても,容易に判定できるものではありません。


 あらかじめ,子供たちの間で遺産分割の紛争が起きないようにしようと考えて作成された遺言書が,今度は,その有効,無効を巡って新たな紛争の種になってしまう。裁判を担当しながらも,遺言者の心情を考えると,やるせない思いを禁じ得ません。


 やはり,遺言書は,二重の紛争を起こさぬよう,元気な時に,公正証書で作成することが必要です。