憲法を巡る情勢と九条の会

弁護士 桒 原 周 成

1 憲法を巡る情勢


 2010年12月17目、閣議及び安全保障会議が、今後10年間の防衛政策を策定した新防衛計画大綱を決定しました。この大綱は、従前の独立国としての必要最小限度の基盤的な防衛力を保持するとする基盤的防衛力構想を排斥し、我
が国の防衛と周辺事態に対してより実効的な抑止と対処をすることと、アジア太平洋地域及び国際的な安全保障環境を改善することの2つの目的を実現しようとする動的防衛力構想を打ち出しています。


 この構想は、これまでの専守防衛政策を大きく変容させ、PKO参加5原則、武器輸出3原則の見直しを示唆するものです。 そして、政府は2011年10月7目、新防衛大綱を受けた形で、防衛・外交・公共の安全及び秩序の維持に聞する情報等に関する広範な情報を国民の目から遠ざけようとする秘密保全法案の2012年1月の通常国会への提出を決定しました。

この法案は、1985年に廃案となった国家機密法以上に国民の表現の自由、取材・報道の自由、プライバシーの侵害の恐れがあるもので、

何としても廃案にしなければなりません。


 かかる状況下、政府は2011年12月27日、早速武器輸出3原則を緩和するための新基準「防衛装備品等の海外移転に関する基準」も決めました。


 2009年8月に発足した民主党を中心とした政権は、九条の会を中心とした憲法擁護の多様な市民団体の活動などの結果、国民の中では改憲賛成派より反対派の方が多くなるといった事態が切り聞かれた中で登場してきたため、容易に明文改憲に踏み込める状況にはありませんでした。


 しかるに民主党政府の最近の動きは、自民党政権ですら踏み込めなかった地点まで解釈改憲を進めようとする危険なもので、憲法9条に抵触する恐れが極めて強いものと言わざるを得ません。

もっとも民意を国政に反映しやすい国会議員の比例定数を80削減法案の通常国会提出への動き等と絡めて警戒が必要と思われます。


2 すみだ九条の会の活動
 私たちの事務所は、2005年10月13日に発足した「すみだ九条の会」に結集し、毎月1回、9目または19日に錦糸町駅の北口か南口で憲法9条を守るうと宣伝行動を行ってまいりました。振り返ってみると、明文改憲を阻止するための活動のささやかな一端を担ってきたのかなという感慨もありますが、必ずしも事務所全体での取り組みにまではなっていなかったのではないか、些かマンネリ化していたのではないかとの思いも残っております。


 前述の憲法を巡る情勢を踏まえるならば、今まで以上に取り組みを強めなければなりません。

そんな思いから、2012年は私たちの事務所が今まで以上に総力を挙げて事務局としての役割を担っていく決意をしております。ご期待下さい。


3 憲法出前講座の活動


(はじめに)
 私は東京弁護士会憲法問題対策センター市民高校生部会の責任者として、2009年以来、都内各地の高校・中学で憲法出前講座を問催してきました。


 2010年5月から憲法改正国民投票法が施行となりました。1.8歳以上の国民に憲法改正に関して投票権があるとされ、高校3年生でも憲法改正の可否について自分の考えで判断しなければならなくなったのです。


 このような事態を踏まえて、明日の投票権者たる高校・中学の生徒と、将来あるかもしれない憲法改正国民投票の際の判断基準になる憲法の基本原理について、双方向型授業で一緒に考えていこうというのが、出前講座を始めるきっかけとなりました。


 (講座のスタイル)

 この間私たちは、10教校の高校・中学で出前講座を開催してきました。様々の試行錯誤を繰り返してきましたが、その中で、次第に人権に関わる判例を基にして生徒と対話をしながら憲法の基本原則を理解して貰うという講座のスタイルが出来上がってきました。 とはいえ、50分の授業時間内でこちらの意図するところを上手く実現していくのは容易なことではありません。


 私たちは、自民党政権時代から一貫して政権の座にある与党が目指そうとしている憲法9条2項の改正問題こそが憲法改正を巡る最大の論点であることは十分認識しております。それ以外にも、小泉首相の靖国参拝違憲訴訟、愛媛玉ぐし料
訴訟等信教の自由の問題を含んだ重要判例がたくさんありますので、これら、重要なテーマも何とか取り上げてみたいと考えております。


 しかしながら、石原都政の下、教育現場における反動的支配が進行しつつある情勢を考えると、これらのテーマを取り上げる為には慎重を期さなければなりません。(ハンセン病判決を題材に行った出前講座の経験) ここでは、ハンセン病熊本地裁判決を題材に行った出前講座を例にとって、私たちが試みたことをお話ししてみたいと思います。


 私たちは、この判決を題材に、憲法98条1項の憲法の最高法規性と憲法99条の国務大臣や国会議員等の憲法尊重擁護義務、即ち「法の支配」を理解してもらおうと考えました。講座に先立っては、時間の節約のために、法律論は一切抜
きにした「ハンセン病患者隔離の歴史概観」をA4版1枚にまとめたものを事前に生徒に読んでおいてもらいました。


 (導入部の問答)

 講座では、「立法をリードする人だちとはどのような人だちか?」「行政をリードする人だちとはどのような人だちか?」という初歩的な問答から始めていきました。


 次いで「ハンセン病の患者さんたちは、社会から隔離しておく必要がないことが分かってからも、法律が改正されなかったために実に36年間もの間社会から隔離され続けてきました。もし皆さんがハンセン病の患者だったとしたら、このような事態を受け入れることができますか」と問いかけていきました。


 この質問に関連して、ハンセン病患者の原告の「ハンセン病を隠すため戦争で死ぬことを夢見たり、自殺を試みたりしました。プロミンによってハンセン病が治る病気になったことを確信していましたが、平成8年3月に「らい予防法」が廃止になるまで長い間、患者の強制隔離を続けてきたのは返す返すも残念なことでした」といった陳述も取り上げて、ハンセン病患者の思いが生徒に伝わるような工夫もこらしてみました。

入は中々理論だけで納得するものではありません。

感性に訴えていくことも大切なことと思います。

 (核心部分の問答)

 このような問答を繰り返した後に、「36年もの間ハンセン病患者の不必要な隔離を続けたということは、患者のどのような人権を侵害したのでしょうか」「このような事態を招いた国会議員・厚生大臣(現厚生労働大臣)に責任はあるでしょうか」「国会議員・厚生大臣に責任があるとして、その理由はどんなところにあるのでしょうか」と核心部分の問答に入って行きました。

 生徒にはまず、「不必要な隔離を続けることはおかしい」との素朴な思いと、「この隔離策は法律に基づいて行われていたのだから、誰も法律には違反していないから責任はないのではないか」との理屈との乖離が生じ得ることを理解して貰った上で、かかる事態を「国務大臣も国会議員も憲法を尊重し擁護する義務がある」との憲法の規定を踏まえて考えるとどうなるかと問答を続けました。

 国務大臣にせよ国会議員にせよ、生徒にとって余り身近な存在でないので、立法権あるいは行政権行使の具体的な在り様は必ずしも分かっていません。

 それだけに、そのような人たちが、その職責の重大さにも拘らず、その職責を全うしなかった場合には、形式的には何の法律にも違反していなかったとしても、本件事件のように重大な人権侵害を起こし得ること、それゆえ、そのような人たちを縛るものとして法律の上位にある憲法があるのだということをリアリティをもって理解して貰うことは、言うほど簡単なことではありません。


 ここら辺は今後の課題となっております。


 (講座を振り返って)


 私たちは、このような問答を続ける中で、生徒に私たち市民を縛るのが法律であり、国務大臣や国会議員という私たちのリーダーを縛るのが憲法なのだということを伝え、このような原理を一言で表現すると「法の支配」となるので、この言葉だけでも覚えて帰って貰いたいと講座を締めくくるようにしています。


 それにしてもこのような講座を経験すればするほど、私たちの独りよがりにならないように、生徒の関心を引き付けた講座を開催することの難しさを痛感しております。それでも生徒から「普通に生活していただけでは関けないことや、世の中には自分たちが知らないだけで色んな人がいることを聞けたのは貴重な体験になりました。

 これからは、もっと世の中に目を向け、様々な問題にも興味が持てるようになりたいです」といった感想を聞かされると、

出前講座をやってよかったと嬉しくなります。


 (私たちの願い)


 私たちは、これからも講座内容の質の高さと講座内容の面白さの両面を追求して、努力していきたいと思っています。


 そして、一人でも多くの生徒に日本国憲法の大切さを理解して貰うとともに憲法改正問題が起きた時に、出前講座が自分自身の考える軸を作っていくきっかけにしてもらえることを願って、活動を続けてきております。

 なお、今までのところ、出前講座は中高生を対象に行ってきておりますが、決して対象を中高生に続っている訳ではございません。一般市民の皆様も当然対象にしたいと考えております。

要請があれば、いつでも、どこへでも出掛けて行く積りでおります。

皆様からの要請をお待ちしております。

 

 

 

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    2012年06月01日