読書日記7【弁護士 中西一裕】

年末恒例ということで、今年も「読書日記」(第7弾)を書いてみる。

〔尊敬すべき先輩法律家の著作から〕

○『志と道程』宮本康昭

 著者は1970年代の「司法の危機」の時代に裁判官再任拒否事件の当事者となった元裁判官だが、本書には再任拒否事件までの著者の前半生が語られている。とりわけ全体の約4割を占める戦前の旧満州国での生い立ちから敗戦後の引き上げまでの記載が圧巻である。ソ連侵攻時に9歳にして死を覚悟した極限的体験が、その後の著者の生き方の根底にあると感じる。三井三池争議や東大紛争と関わった判事補時代は、当時の自由な裁判所の雰囲気が興味深い。突如始まった青法協攻撃以後については、その中心にいた著者の苦闘が関係者の実名入りで簡潔にまとめられている。

○『戦争犯罪と闘う 国際刑事裁判所は屈しない』赤根智子

 国際刑事裁判所(ICC)の所長として、ロシアのプーチン大統領やイスラエルのネタニヤフ首相に逮捕状を発付し、ロシアから逆に指名手配され、アメリカからも制裁を受けている。著者は「裁判官として、あくまでも事実と法にもとづいて判断をしているだけ」だとして、現在の状況に危機感を強めている。ICCの活動への理解を深めるための必読書。

 

〔日本の政治状況と経済状況について考える本〕

○『戦争と法』永井幸寿

 著者は私の同期の弁護士で、阪神淡路大震災で被災した後、日弁連の災害対策活動の中心となって活躍してきた。本書は災害対策と比較しつつ政府の進める有事法制について論じており、災害対策は国民の被害救済が最優先されるが、有事法制は戦争の遂行が優先されて国民の被害救済は後回しか無視されることがよくわかる。

○『日本経済の死角―収奪的システムを解き明かす』河野龍太郎

 著者はエコノミストであるが、日本経済の問題点について、「1998年~2023年までの四半世紀で、日本の時間当たり生産性は3割上昇しましたが、時間当たり実質賃金はこの間、なんと、横ばいです」と明快に断じている。企業利益が増加しても、それが人員削減や内部留保の増加となって実質賃金の上昇に反映しないと社会全体は不景気が続く。「新自由主義的な路線への経済学界の反省」が注目される。

 

〔その他、興味深く読んだ本〕

○『三池炭鉱の社会史』猪飼隆明

 三池炭鉱といえば三井三池の大争議や労働歌「地底のうた」を想起するが、本書は社会史の観点から明治以降の三池炭鉱の発展とその裏面である炭鉱労働者たちの苦難と闘争の歴史を描いた労作である。三池炭鉱が三井財閥に払い下げられたいきさつや、「炭住街」の形成、大量の囚人労働力の活用や戦時中の朝鮮人「徴用工」と文字通り強制連行された中国人労働者の活用など、まさに日本資本主義発展史の裏面がよくわかる。労働争議については、60年安保闘争の時期の大争議だけではなく、戦前の米騒動の時期の大争議や炭鉱災害についても詳しく記載されている。

○『ルポ 戦争トラウマ』後藤遼太・大久保真紀

 トラウマやPTSDという言葉が実は戦争と強く結びついた概念であることを、当事者の証言から理解させてくれるルポである。多数の戦争経験者やその家族、戦争被害者らの証言を掲載しており、中には武田鉄矢さんが父親のことを語ったインタビューもある。こうした体験はこれまで個人的なものとして扱われ、差別偏見の対象とさえなったが、ようやく近年戦争被害の一部として光が当てられてきたという。

○『敗戦日記』渡辺一夫

 私が学生時代に著作を愛読したフランス文学者渡辺一夫氏が、1945年3月11日から11月22日まで綴った日記である。日記が開始されたのは東京大空襲の直後だが、著者は、日本が絶望的な状況に至った理由として「怖るべき外国人嫌い、大勢順応、因習の盲信」、さらには「知識人の弱さ、あるいは卑劣さ」を挙げている。「新しい戦前」とも言われる昨今の状況下で、かつての戦時下を生きた知識人の苦悩と希望を知る意義は大きい。

○『チャーリーとの旅』ジョン・スタインベック

 『エデンの東』や『怒りの葡萄』の著者が、1960年、単独で愛犬チャーリーだけを同伴し、特注したトラックハウスを運転してアメリカ1周の大旅行を敢行した記録文学である。折しもケネディとニクソンが争った大統領選挙の年であり、米ソ冷戦と黒人の公民権運動で変わりつつあるアメリカを作家は冷徹に観察している。南部の黒人差別の根深さが印象的だが、今日の移民排斥と分断社会につながるものがある。

 

*ちなみに、上記はいずれもAmazonのレビューを抜粋・要約したものだが、全文は保存用のブログにも掲載している(https://mtcrow2023.blogspot.com)。