年末恒例ということで、今年も「読書日記」(第6弾)を書いてみる。
まず、トランプ大統領復権とアメリカの混迷・分断を考える本
○『世界 2024年4月号』特集1「トランプ再び」
冒頭の座談会(遠藤乾、渡辺将人、三牧聖子)でまず指摘されているのは、民主・共和両党の穏健・中道派の衰退であり、両党の穏健・中道派による良識的な妥協や候補者選びができなくなっているという。バイデン政権がイスラエルを支持しガザの虐殺を効果的に止めないことも、リベラル派や若年層の支持を低下させている。
しかも、保守強硬派の巻き返しは司法を主戦場になされているという。秋元由紀論文によると、前回のトランプ政権時代に指名された228人の裁判官の多くが保守派法曹団体出身であり、保守強硬派は保守派裁判官の管轄地域で中絶禁止などの訴訟を提起し、世論を右傾化させているとのこと。
次に、日本と東アジアの平和について考える本
○『従属の代償 日米軍事一体化の真実』布施祐仁
本書は日本を取り巻く戦争の危機がどこまで進んでいるかを示している。「台湾有事」に備えて先島諸島や沖縄を含む南西諸島全域に「南西の壁」といわれるミサイル基地の防衛網ができあがっており、そこに中距離ミサイルを配備すると中国が完全に射程内に入る。万が一台湾有事が起きると、日本の南西諸島の米軍基地と自衛隊基地、さらには首都圏を含む日本本土に広範囲に存在する基地が否応なく戦争に巻き込まれることになるわけだ。
これに対し、著者は、危険な軍事同盟の強化ではなく、ASEAN(東南アジア諸国連合)との連携を強化し、日本が米中対立の仲介者的役割を果たすべきだと提言している。
○『軍事力で平和は守れるのか―歴史から考える』南塚信吾他
本書もまた、軍事力や軍事同盟の強化ではなく、多国間の重層的な連携による平和構築こそ重要だと強調する。特に、かつての非同盟運動の『バンドン精神』の再興を求めている。
ウクライナ戦争はNATOとロシア、ウクライナをめぐる長期的~短期的な要因が重なって起きたものであり、「外交の失敗」を冷静に分析する必要があるが、他方、台湾については、アメリカも日本も台湾も現在のところ慎重な態度をとっており、外交的に戦争回避の努力がなされているという。
日本の教育を考える本も紹介する。
○『統治される大学:知の囲い込みと民主主義の解体』駒込武
京大の近現代史研究者による、大学自治の暗澹たる現状を描いたルポルタージュである。
かつて大学自治は教授会自治を中核として理解されてきたが、現在では「上からの大学解体」が進んでおり、内閣府に置かれた「総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)」が、文部科学省の頭越しに大学「統治」を推進しているという。
学長選考手続は選挙でなくなり、教職員による「意向投票」すら廃止されるか形骸化している。「規制緩和」で大学が長期借入や債券発行、土地等の第三者への貸し付けも行われるという。数百億円規模の起債や大学発のベンチャー企業まであるというが、こうした事業が成功する保証はない。
著者は日本学術会議の6委員任命拒否事件と1933年の京大滝川事件との類似性に注意喚起しているが、政府の意に反する研究者を排除する点でこれらは共通しており、その背後には圧殺された大学自治と学問の危機的状況がある。大学における「新しい戦前」である。
○『崩壊する日本の公教育』鈴木大裕
著者によると、日本に先行するアメリカの新自由主義的教育「改革」では、授業のマニュアル化を進め、逸脱行動には容赦なく停学処分や警察導入をする「ゼロトレランス」が進んだが、これが日本の教育現場にも導入され、学校警察連携が強められつつあるという。。
こうした教育の市場化の中で教師に求められるものは全国学力テストの成績になり、個々の生徒指導は切り捨てられていく。しかし、授業のマニュアル化やゼロトレランスの行き着く先は学校教育の塾化である。本書では、こうした政策が最も過激に進められた大阪市の教育行政に抗議した小学校校長の例が紹介されている。
「教師というしごとが私を去って行った」というアメリカの教師の言葉は象徴的である。
最後に、ノーベル文学賞を受賞した韓国のハン・ガン氏の小説を紹介する。
○『菜食主義者』
ある日突然、妻が肉食の拒否を宣言する。それはベジタリアンのようなライフスタイルではない強烈なもので、もはや病的な域に達している。この妻ヨンヘをめぐる中編三部作で、動揺し困惑する夫がヨンヘの両親や姉夫婦を巻き込み、深刻な様相を強めていく。
物語が進むにつれ、ヨンヘの肉食拒否の背後には暴力的な人間関係のトラウマがあることが明らかになる。
○『少年が来る』
光州事件に関する膨大な資料と聞き取り調査に基づく重い作品である。
主人公の少年トンホは戒厳軍による市民の虐殺の現場にたまたま居合わせ、たくさんの遺体の収容作業を手伝うのだが、著者は、二人称の語りかけるような詩的な文体で、少年自身や友人、少年と関わった学生たちや家族の体験と思いを描いていく。
戒厳軍による無防備な市民たちへの容赦ない虐殺、生き延びた者たちの受けた過酷な拷問。虐殺を生き延びた人たちは、それ以前に戻ることはできず、生き延びたこと自体に苦しんで自殺した人もいる。
奇しくもノーベル賞授賞式直前に韓国でクーデタ未遂事件が起きたことも、本書の意義を再確認させた。
*ちなみに、上記はいずれもAmazonのレビューを抜粋・要約したものだが、保存用のブログに全文を掲載している(https://mtcrow2023.blogspot.com)。