覚えておきたい民法改正(債権分野)の重要項目 【弁護士 山添 健之】

 2020年4月1日、「民法」のうち「債権分野」の改正法が施行されました。この日以降の契約には、原則として新しい「改正民法」が適用されることとなります。

1 民法(債権分野)とは

 「民法」は、個人と個人・会社などの私的団体(いわゆる民間)に適用される最も基本的なルールを定めた法律です。「民法」のうち今回大規模な改正が行われた「債権分野」には、主に契約に関する基本的ルールが定められています。[1]本稿では「債権分野」のうち、特に建築などの請負契約に適用されるルールについて、注意したい点を解説します。

 なお本項では、工事の施主・発注者を「注文者」、工事を請け負った事業者を「請負人」と表記します。

 

2 「瑕疵」から「契約不適合」へ

 改正前の民法で「瑕疵担保責任」と呼ばれていた施工不良などに関する請負人の責任は、「契約不適合責任」と名前が変わりました[2]

 今回、「瑕疵担保責任」から「契約不適合責任」に名前が変わったことで、請負人が責任を負うこととなる施工不良(=改正法における「契約不適合」)の内容が、従前から大きく変更されることはないでしょう。しかし、「契約不適合」にあたるか否かが微妙なケースにおいて、今までより、注文者と請負人との契約・合意の存否、その内容が重視されるようになることは十分に考えられます。

 例えば、第三者的視点では問題のない工事であっても、注文者の特別な希望を反映していないなどのケースで、「注文者と請負人との契約=合意に適合していない」と判断され、請負人が後述する内容の責任を負うことになりうる、ということです。

 

3 契約不適合責任の内容

 工事内容が上記のような基準で「契約不適合」と判断された時に、請負人が負うこととなる責任は、以下の内容です。

①契約不適合部分の修補・追完

  ―契約に適合するように手直し工事をすること等

②工事代金減額

  ―1000万円で受けた工事が契約不適合により800万円の価値しかないと判断されれば、工事代金が800万円に減額されること(ただし①の修補・追完が行われない場合等の条件がある)

③契約解除

  ―一定の場合に、請負契約をなかったことにし、請負人は原状回復して受領済の工事代金を返還すること。(工事残代金も受領できない)

④損害賠償

  ―一定の場合に、契約不適合が原因で注文者が被った損害を金銭で賠償すること

 

 ①から④の順番、優先順位については、請負人が希望する限り、まず①契約不適合部分を修補することを求めることができる、と考えていいでしょう。すなわちいきなり工事代金を減額されたり、金銭請求される前に、請負人として「しっかり工事を手直しさせてほしい」といえる、ということです(例外もあります)。

 改正民法で明確に変更された点として、「建物等の建築工事の場合であっても、契約不適合があれば請負契約の解除ができるようになったこと」があげられます。

 その結果として、契約解除された請負人は、建築した建物を無償で取り壊した上で、受領済の工事代金を全額返還することを強いられることとなり、請負人の負担が極めて大きいことは明らかです。

 ただし、契約不適合があれば、どのような場合であっても契約解除が認められるわけではありません。注文者から妥当な期間を定めて契約不適合部分の修補を請求されたのに、請負人がこれに応じない場合や、そもそも工事が「完成」したといえる状況ではなく「完成」させることができない場合などの、特別な条件が決められています。

 

4 契約不適合責任の期間制限

 改正民法で明確に変更された点として、前項に記載した「契約不適合責任」の追求が注文者により認められる期間が、一部変更されたこともあげられます。

 Ⅰ-1 工事完成後、注文者が「契約不適合」を認識してから1年以内にその旨を請負人に「通知」しなければ、以後、「契約不適合責任」に基づく請求(前記3項の①~④)はできない。

 Ⅰ-2 Ⅰ-1の通知をした場合であっても、「契約不適合」を認識してから5年以内に「契約不適合責任」に基づく具体的な請求(同上)をしなければ、以後請求はできない。

 Ⅱ Ⅰ-1、Ⅰ-2の期限に加えて、現場引渡しから10年を経過すれば、注文者が「契約不適合」を認識したかしていないかにかかわらず、以後「契約不適合責任」に基づく請求(同上)はできない。

 少し複雑なのは「通知」までの期間制限(1年)と「請求」までの期間制限(5年)が違うこと、「通知」のあるなしにかかわらず10年の期間制限があることです。

 請負人の立場に立てば、現場の引渡し後、9年以上経った後に「つい先日契約不適合を認識したので修補(あるいは損害賠償)をしろ」と請求されることがありうることとなり、これも注意が必要です。

なお、「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」により、住宅の新築工事の請負(および新築住宅の建売)の場合、構造耐力上主要な部分・雨水の浸入を防止する部分の瑕疵についての責任追求の期間が「引渡しから10年」であり、契約・約款によってこれを短縮できないことは、従前通りです。

 

5 あたらしい契約不適合責任をふまえて請負人が注意すべきこと その1

 以上ご説明した改正民法における「契約不適合責任」の内容をふまえて、請負人が行うべき対応の第一は、「注文者との協議内容・合意(契約)内容を可能な限り書面として残しておくこと」です。

 2項で説明したとおり、「瑕疵」が「契約不適合」へかわったことことにより、契約当事者の合意・意思がより重視されるようになると考えられます。客観的には問題のない工事であっても注文者の意思に反していることで「契約不適合」となったり、あるいは逆に、通常であれば施工不良と判断されうる工事であっても、工事代金や工期の関係で注文者がこれを受け入れていたと判断されれば「契約不適合」にはならないのです。

 このような注文者の意思や、注文者と請負人との合意(変更合意も含む)の内容は、書面で残さなければ「言った・言わない」の争いとなることは明らかです。特に、注文者が一般消費者の場合、請負人である工事業者が、契約書や工事内容の変更合意書、打合せメモ等の記録を残していないことは、業者間の契約(つまりプロ同士の契約)の場合よりも、裁判において不利に扱われるものです。

 注文者の意思や合意内容を書面に残すための準備として、工事契約書、追加・変更工事契約書、「打合せシート」などの書式を整備し、担当者に常時持参させることです。なお、契約書はもちろんのこと、注文者との協議過程をメモした「打合せシート」にも、注文者の確認署名欄を設け、注文者と請負人が同じものを一部ずつ所持するようにすべきです。(カーボン複写式であれば、現場での作業のみで済みます。)

 幸い、全建総連、一般社団法人住宅リフォーム推進協議会などの団体が、改正民法に適合した請負契約書・約款、打合せメモ等の書式を公表していますので、活用してください。

 

6 あたらしい契約不適合責任の内容をふまえて請負人が注意すべきこと その2

 注意事項のその2は、「契約書の内容を、契約不適合責任の内容を制限する方向で整備すること」です。

 なぜ、契約書の内容で、契約不適合責任の内容を制限することができるのかというと、民法の債権分野に定められている規定の多くは、「任意規定」といって、契約の当事者が合意により内容を変更することが認められている規定だからです。(他方で、契約当事者が合意しても変更ができない規定を「強行規定」といいます[3]。)

 ただし、「任意規定だから変更ができる」と言っても限界があります。特に、注文者が一般消費者である場合、「消費者契約法」という消費者を保護する法律により、変更の限界が規定され、消費者にとって過度に不利な契約条項は無効と扱われます。また、法律上は変更が許されるとしても、過度に請負人の責任内容を軽減する契約書を作ることは、顧客の信頼を得る上で不利に働くこととなるでしょう。

 契約書の内容により契約不適合責任の内容を制限することは、請負人の業務内容、どのようなお客様を主として対象としているか、請負金額の範囲等を考慮して、弁護士にご相談を頂きながら行う必要があります。

 

7 その他、気をつけたい点

 以上、改正民法(債権分野)のうち、請負契約に関係する部分について重点的に説明してきましたが、改正点はこれら以外にも多岐にわたるため、気をつけるべき点はほかにもあります。

(1)消滅時効について

 代金請求権、貸金返還請求権など、権利を行使しないでいると消滅してしまう消滅時効制度ですが、契約に基づく請求権の消滅時効期間は原則5年となり、請負代金債権(これまでは3年)については伸びましたので、消滅時効が完成しづらくなりました。

 一方で、個人間の貸金の返還請求権などこれまで10年であったものは半減します。時効の「延長」の制度についてもかなり変更がありますので、時効が近づいた場合には早めに弁護士にご相談ください。

(2)保証について

 工事代金・売買代金などの「不払い」があった時に、会社の代表者等を「(連帯)保証人」にすることで、履行の確保をすることがあります。取引先から事業資金の融通を頼まれ、やはり会社の代表者等の個人保証をとって、貸し付けることもあると思います。

 すでに2004年の民法一部改正において、全ての保証契約は(原則として保証人が署名をした)書面を作成しなければ効力が生じないこととなっています。今回の改正では新たに、特定の場合において、(連帯)保証人が保証の意思を確かに有していることを「公証人が作成した公正証書」で確認できていない限り、保証の効力が生じないこととなりました。例をあげれば、「A株式会社に事業資金を貸し付けるにあたり、『社長』と呼ばれていたBさんが保証人となったが、Bさんは実は会社の取締役ではなかった場合」、「個人事業主のCさんに事業資金を貸し、Cさんの実家の父親に保証人となってもらった場合」、いずれの場合も、公正証書がなければ保証の効力は生じません。

 また、①個人が(連帯)保証人となり、②保証の内容が、「根保証」といって2者間の取引に関して生じる多くの債務を、一定期間、まとめて保証する場合には、保証の限度額(「極度額」といいます。)を定めない限り、保証の効力が生じないこととなりました。身近な例では、賃貸物件の入居者が負担する家賃や退去時の原状回復費用等を家族が保証する場合も個人根保証となり、「極度額」が定められていない保証契約は無効となります。

 

8 さいごに

 5項で説明をした「契約書等の書面の整備」は、請負契約に限らず、どのような契約においても重要なことです。契約書を作らない事業者に対する一般消費者の「目」も厳しくなっています。

 今後は、しっかりとした契約書を作成することでお客様の信頼を勝ち取り、同時に、事業者が過大な責任を負わないようにすることを目指すべきでしょう。

 今回の民法改正を好機ととらえ、十分な準備をして頂ければと思います。

 

(参考文献)

 平野裕之『新債権法の論点と解釈』慶應義塾大学出版会、2019

 潮見佳男ほか『Before/After民法改正』弘文堂、2017

 匠総合法律事務所『住宅会社のための建築工事請負契約約款モデル条項の解説』日本加除出版、2019

 

※本稿のフルバージョンは、建設政策研究所・発行「建設政策」第192号(2020年7月号)に掲載されております。

[1] 民法にはほかに家族・結婚や相続等に関する規定もあり、このうち相続分野についても改正がされました。(いわゆる「相続法改正」)

[2] 旧法の「瑕疵」に対応する改正法における「契約不適合」とは、請負契約の場合は「請負人が種類又は品質に関して契約の内容に適合しない仕事の目的物を注文者に引き渡したとき」と説明されています。(改正民法636条)

[3]先述した「品確法」における10年の期間制限を短縮できない理由は、これが強行規定だからです。