読書日記2 【弁護士 中西 一裕】

 前回(2018年10月)の「読書日記1」からかなり月日が経過したので、最近のものを中心に第2弾を書いてみる。

○『安倍・菅政権vs.検察庁 暗闘のクロニクル』(村山治著)
 まだ多くの人の記憶に新しい黒川東京高検検事長の定年延長問題を、安倍官邸と法務・検察との検事総長人事をめぐる暗闘という視点で描いたノンフィクションである。報道等で既知の話も多いが、長年の取材により背景と経過がよくわかり、現在進行中の河井元法務大臣夫妻の選挙買収事件もその中に位置づけられている。
 いわゆる「黒川問題」の本質は、検察庁が司法の一翼を担い、政治家や官僚の汚職や犯罪を追及する役割を担った特殊な官庁であり、司法部門としての独立性が保障されなければならない点にある。にもかかわらず、政府は検察庁法よりも国家公務員法を優先させる「奇策」で黒川高検検事長の定年延長を行ったうえ、官邸の検察幹部人事への介入を可能にする検察庁法改正法案まで提出した。野党やマスコミの厳しい批判にさらされたのは当然である。検事総長人事は黒川氏の賭麻雀事件のいわば「自爆」により幕引きとなったが、検察庁法の改悪の可能性はまだ残っている。
 なお、この問題は菅政権による日本学術会議委員の任命拒否問題と同根であり、官邸による人事支配、人事統制という政治手法の問題性を象徴するものといえる。

○『ウイルスの世紀―なぜ繰り返し出現するのか』(山内一也著)
 新型コロナウイルス問題を踏まえ、感染症対策とウイルスについて概説した良書である。
 何よりも、過去の新興ウイルス感染症の発生と対策の歴史がドキュメント風にまとめられているのが圧巻である。未知のウイルス感染症に対し、ウイルスを分離・同定し、その発生源や仲介動物を探求していく過程では、感染した患者だけでなく多数の医療従事者が感染して死亡している。黄熱病に倒れた野口英世もその1人であるが、ウイルスとの闘いは文字通り命がけであることが実感される。
 現在、新型コロナウイルスについてはワクチン導入が大きな話題となっているが、副作用は軽視できない問題である。著者は「抗体依存性感染増強(ADE)」という副作用を指摘しており、これが生じるとワクチン接種によってさらに症状が重くなるという。
 私は、過去に薬害エイズ、薬害肝炎事件に関わり、現在、子宮頸癌ワクチンの副作用事件も担当しているが、感染症と人権という視点もまたは忘れてはならない。

○『独ソ戦 絶滅戦争の惨禍 (岩波新書)』(大木毅著)
 「2020新書大賞」受賞本であり、独ソ戦の経過が、冷戦終結・ソ連崩壊後の新資料によりかなり克明に描かれている。
 第2次世界大戦のソ連の死者は現在では2700万人(!)とされるが、著者によると、その原因はヒトラーの東方植民地化計画の下で対ソ戦が世界観戦争(絶滅戦争)の性格を伴ったこと、他方、ソ連側はファシストから社会主義を守る「大祖国戦争」という意義づけに加え、ドイツへの報復と戦後の東欧支配の意図があったと分析されている。
 しかし、何と言ってもヒトラーとスターリンの2人の独裁者がもたらしたカタストロフというべきである。ヒトラーは人種主義とゲルマン民族優越神話からソ連を侮り、長大な東部戦線で戦端を開き、敗色濃厚になっても撤退を認めなかったし、他方、スターリンは大粛正によって独ソ戦前に軍の将校を多数処刑して軍を弱体化させ、しかもドイツの開戦情報を信用しなかったために緒戦の大敗と大後退を招いたのである。

○『ボンベイ、マラバー・ヒルの未亡人たち 』(スジャータ・マッシー著)
 インドにおける女性の地位と権利については残念ながら全くいいイメージがないが、本書はイギリス統治下の1920年代にボンベイで女性弁護士第1号として活動を始めた実在する女性をモデルとしたミステリーである。
 主人公は行く先々で女性蔑視や暴力に阻まれながらも、なんとか困難を切り抜けていく。もちろん、主人公が裕福な社会階層出身でイギリス留学経験などの恵まれた環境あってのことではあるが、黎明期の開拓者としての偉業は讃えられるべきである。
 この小説では、当時のインドの司法制度や宗教コミュニティが紹介されているのが興味深い。宗教コミュニティによって適用される法体系が異なるとされ、主人公が属するコミュニティはイスラム帝国時代にイランを脱出した人々を先祖とするゾロアスター教徒のコミュニティ(「パールシー」)である。

*読書日記1の末尾で紹介したAmazonのレビュー(ペンネームMt.Crow)はずっと書き続けていて、2017年5月の書き始めから数えると合計140冊を超えている。ここで紹介したものもその要約である。もはや趣味と言うほかないが、弁護士としての文章表現トレーニングも兼ねているつもりである。