第1 一部の分割(改正法907条1項2項3項)
1 改正内容
共同相続人が、遺産の一部の分割の協議及び審判を申し立てることができることが明文化されました。但し、一部分割の結果が、他の共同相続人の理益を害するおそれがあるときは、申し立ては却下されます。
また、一部分割に反対する共同相続人は、遺産全部分割の審判を申し立てることが必要とされています。二つの申し立ては、併合して審理されます。
2 現行の実務と改正理由
共同相続人全員が、同意して一部の遺産の分割をすることは現行法上も可能です。(ただし、被相続人は、遺言で5年を超えない期間を定めて分割を禁止することができます。908条)
しかし、一部分割の協議が整わないときに、家庭裁判所に一部分割の申し立てをすることができるかどうかは争いがありました。
民法906条は、遺産分割の基準として、「遺産に属する物又は権利の種類及び性質、各相続人の年齢、職業、心身の状態及び生活の状況その他一切の事情を考慮してこれをする。」と規定しており、また、相続人の特別受益や寄与分も考慮して公平な遺産の分割になるように配慮されています。一部の分割をすると、結果的にこれらの事情を十分に配慮できないのではないかという危惧もあります。他方で、争いのない預貯金や現金などの分割をとりあえず先にしてしまいたいという需要もあることは事実です。
そこで、改正法では、一部分割の審判を認めることを明らかにするとともに、一部分割が他の共同相続人の利益を害するおそれがあるときには、これを認めないことができるとして、調整しました。
3 一部分割の効果
一部の遺産を残余の遺産から分離して、一部分割協議の内容に従って、相続人が確定的に取得します。ただし、後に残部の遺産分割協議をする際には、一部分割の内容も斟酌されて、各相続人の具体的相続分を定めることになると思われます。そうでないと、一部分割が他の共同相続人の利益を害するおそれがあるときにはこれを認めない(改正法907条2項)とした法の趣旨に反するからです。
第2 遺産分割前に遺産が処分された場合の規律(改正法906条の2)
1 改正内容
コラムパート5で説明したとおり、今回の改正で、相続財産に属する預貯金債権については、上限額を設けて、遺産分割前に、相続人が単独で払い戻しが受けられるようになりました(改正法909条の2)。
この規定との関係で、同条によらない預貯金の払い戻しほか遺産に属する 財産が遺産分割前に処分された場合の規律について新たに規定されることになりました。すなわち、処分をした相続人を除いた共同相続人全員の同意があるときは、処分された財産も遺産分割時に存在するものとみなすことができる(遺産分割の対象とできる)とする規定が新設されました(改正法906条の2)。
どういう意味なのか、多少理屈っぽい話になりますが、説明していきます。
2 現行制度と改正理由
⑴相続の効果と遺産の共有
相続が発生(被相続人が死亡)すると、「相続人は、相続開始の時から、被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する。」(民法896条)のが原則です。積極財産だけではなく、借金のような消極財産も承継します。そして、「相続人が数人あるときは、相続財産はその共有に属する。」(同898条)とされ、「各共同相続人は、その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継する。」(同899条)と規定されています。
民法899条の「共有」(共同所有)の意味については、諸説ありますが、判例は、民法物件編に規定されている249条以下の共有と変らないとする立場です(最高裁昭和28年(オ)第163号同30年5月31日第三小法廷判決・民集9巻6号793頁参照)。
判例のように共有の意味を解すると、各相続人は、遺産分割前であっても、各自の相続分に応じた持ち分については、自由に処分できるとするのが、理論的な帰結になります。
⑵では、遺産分割前に、各自の持ち分(あるいは持ち分を超えて相続財産)が処分されたとき、遺産分割調停・審判で、そのことは考慮されるのでしょうか。
この点につき明確に判示した最高裁判決は見当たらず、学説上も、定説がない状況とされています(法制審議会 第20回部会資料7頁)。
例えば、α)持分譲渡の対価についても代償財産として遺産分割の対象とすべきという見解や、β)一部分割がされたのと同様に、当該遺産を取得したこととして、その具体的相続分を算定すべきであるという見解もある一方で、γ)遺産分割は、相続開始時に存在し、かつ、現存する遺産を対象とする手続であることから、相続開始の前後に、一部の相続人が、無断で第三者に遺産である不動産を売却して代金を隠匿したり、無断で被相続人名義の預金口座から預貯金の払戻しを受けたりしたとしても、そのようなものは、遺産分割の対象となる遺産の範囲には属さないし、遺産分割事件における分割審理の対象とはならない、これらは、不法行為又は不当利得の問題として民事訴訟により解決されるべき問題である、ただし、相続人がその事実を認め、現存遺産に含めて分割の対象とすることに合意すれば、その相続人が処分した預貯金等を取得したものとして処理することが可能となるにすぎないなどと論じる見解があります。
最後のγ)がこれまでの実務の扱いとなっています。
⑶しかし、この判例・実務の立場を貫くと、民法が相続財産の分割は、物件編に定める共有物の分割とは異なる手続きによる(民法906条以下)とした意味が半減したり、相続人間の不平等が生じるなどの問題もでてきます。
具体的な事例で検討してみましょう。
【事例1】具体的相続分の範囲内で権利行使がされた場合
〇相続人 A、B(法定相続分1/2ずつ)
〇遺産が 1400万円(1000万円(不動産)+400万(預金)
〇特別受益 Aに対して生前贈与1000万円
このケースでは、Aの具体的相続分は、(1400万+1000万)×1/2-1000 万=200万となります。Bの具体的相続分は1400万×1/2=1200万となります。
特別受益分を考慮して実際に取得する金額が同じとなり、公平な分割といえます。
では、Aが相続開始後に密かに200万円を引き出した場合、現在の実務の扱いのように、遺産分割で、それを考慮しないとどうなるでしょうか。
遺産分割時に実際にある財産は、1200万ですので、これに特別受益分1000万円を持ち戻して各自の相続分を乗じて相続分を出すと、各自の相続分は1100万円になります。そうすると、Aの具体的相続分は、1100万円-1000万円=100万円、Bの具体的相続分は、1100万円になります。
しかし、Aは、実際には、100万+200万円(引出し分)+1000万円(特別受益分)=1300万円を取得できることになり、不当な引き出しをしたAが得をすることになります。
【事例2】(具体的相続分を超える権利行使がされた場合)
では、先の例で、Aが相続開始後に密かに500万円を引き出したとして、現在の実務の扱いでそのことを遺産分割で考慮しないとどなるでしょうか。
遺産分割時に実際に存在する遺産は、900万円ですので、
Aの具体的相続分は、(900万+1000万)×1/2-1000万=▲50万
Bの具体的相続分は、(900万+1000万)×1/2=950万で、遺産分割における取得額は、Aは0円、bは900万円となります。
実際に取得するのは、Aが、1000万(特別受益)+500万(引き出し分)=1500万円、Bは、900万円となり、不当な引き出しをしたAが得をすることになります。
現在の実務の立場では、BはAに対して、不法行為に基づく損害賠償なし、不当利得返還請求をするということになりますが、しかし、持ち分の処分は自由というのが、判例実務ですので、【事例1】(具体的相続分の範囲内で権利行使がされた場合)は不法行為にはならず、また、引き出しが法律上の原因を欠くことにはならないので、不当利得返還請求もできないのではないかということになります。【事例2】(具体的相続分を超える権利行使がされた場合)においても、持ち分の範囲内の処分については同様のことがいえます。何より、遺産分割で考慮されず、民事訴訟を提起しなくてはならないというのは、迂遠であり、Bにとっては負担です。
以上のような不公平を是正するために今回の改正では、遺産分割前に、遺産に属する財産の処分が行われた時に、相続人間の公平を図るために、処分をした相続人を除いた共同相続人全員の同意があるときは、処分された財産も遺産分割時に存在するものとみなすことができる(遺産分割の対象とできる)とする規定が新設されました(改正法906条の2)。
3 改正法906条の2の要件と残された実務上の問題
⑴要件
相続開始時に被相続人の遺産に属する財産が、遺産分割前に処分されたこと(処分された財産が遺産分割時に存在するとみなすことにつき)共同相続人全員の同意があること(ただし、共同相続人の一人または数人が財産を処分したときは、処分をした相続人の同意は不要)
⑵適用場面
ア 相続開始時、被相続人の遺産に属する財産があったこと
遺産相続開始前の処分(いわゆる使途不明金問題を含む)については、本条の適用外です。
イ 処分
本条の処分には、預貯金の払い戻しその他の債権の行使、動産、不動産の売却のほかに、共有持ち分の差し押さえと売却決定、遺産の棄損・滅失行為などが含まれるとされています。
なお、909条の2で認められる預貯金の払い戻しは、本条の適用から除かれます。909条の2が適用されるときは、払い戻しされた預金は、確定的に処分者の取得となり、遺産分割の対象から外れます。但し、その場合であっても、全員の同意(処分者を含む)があれば、遺産の前渡しとして遺産分割の対象にすることは許されますし、遺産分割協議、調停、審判では、預金払い戻しの事実とその使途を斟酌したうえで、相続人間の不公平が生じないように具体的相続分を定めるようにすべきことは、本コラムのパート5を参照してください。
ウ 持ち分を超える処分について本条が適用されるか
相続人が処分を行ったケースでは、自己の持ち分の範囲内での処分に限らず、持ち分を超えた処分についても本条の適用されると考えます。
ただし、共同相続人の一人によってその共有持分を超える財産処分がされた場合には,その超過部分については,原則として無権限者による処分として権利移転の効力が生じないため(最判昭和38年2月22日民集17巻1号235頁参照),本条を適用するまでもなく,当然に遺産として存在することになるものと思われます。例外的に,即時取得(民法第192条)や準占有者に対する弁済(民法第478条)等によって共有持分を超える処分が有効となる場合があり得るため,そのような場合については、本条が適用されます。
なお、前述のとおり、共同相続人の一人によって,他の共同相続人の同意なくして,自己の共有持分以上の財産処分が行われた場合については,他の共同相続人は,自己の(準)共有持分を侵害されたものとして,処分をした共同相続人に対し,不法行為に基づく損害賠償又は不当利得の返還を求めることができるとするのが判例・実務の立場ですので、本条の適用は、自己の持ち分の範囲内で処分が行われた場合に限るとする考え方もありそうです。しかし、そうのように解すると、特別受益や寄与分がある場合などには,相続人間の実質的な公平を貫徹できないし、自己の持分を処分した場合には相続人間の公平を図り,他人の持分を処分した場合には相続人間の公平を図らなくても良いという実質的な理由も見当たらないことから,共同相続人の一人が自己の(暫定的な)持分を処分した場合のみならず,他の共同相続人の持分を処分した場合も含めて遺産分割の対象とできるように、本条の適用を認めるとするのが立法過程での議論です(法制審議会 第20回部会資料18頁以下)。
エ 遺産分割前にすべての遺産に属する財産が処分された場合
では、共同相続人の一人によって,遺産の一部が処分されたのみならず,「遺産の全部」が処分された場合も本条は適用されると考えます。
この場合には,遺産分割の時点では実際には分割すべき遺産がないことになるから,このような場合にも本条を適用してこれを遺産分割事件として処理することについては,(遺産)共有状態にある財産を分割するという遺産分割の性質を変えることにもつながり,もはや遺産分割とは言い難いという批判もありますが、一部の処分に遺産分割での清算を認め、全部の処分にはこれを認めないというのもおかしな話であり、清算がなされないとすると、相続人間の実施的な公平が図れませんので、本条の適用を認めるべきです。その場合は、実際には代償金の支払いが協議の対象になると思われます。
オ 動産・不動産等の処分の対価を現金で保管している場合
処分の対価を、共同相続人が現金で保管している場合は、その現金は当然に遺産分割の対象に含まれることになり、本条の適用外であると考えます。
⑶改正法の実務上の意義
これまでの実務においても、遺産分割前に一部の共同相続人により遺産が処分された場合、全員の同意があれば、処分された遺産を含めて遺産分割方法を定めることはできました。したがって、改正法の実質的意義は、処分した相続人の同意がなくても遺産分割協議の対象にできるという点に限られるということになりそうです。そうなると、本条が適用される場面は多くはないかもしれません。また、遺産分割前の預貯金債権の行使(払い戻し)が認められたことと本条との関連も必ずしも明確にはなっていません。今後の実務の運用に注意が必要といえるでしょう。
(続く)