超高齢社会と人権を考える シリーズ1『成年後見人と医療同意』 【弁護士 大江 京子】

 現在、日本の65歳以上の人口は2870万人超(高齢化率24.1パーセント)で、4人に1人が65歳以上という「超高齢社会」(高齢化率が21パーセントを超えると超高齢社会と呼びます。)をまっしぐらに突き進んでいます。

 日ごろの弁護士業務の中で経験したり、考えたりしている高齢社会と人権につい  てシリーズでお届けします。第1回は成年後見人と医療同意の問題です。

 

第1 問題の整理

 1 医療行為と本人の同意

 医療行為には、原則として本人の同意が必要とされる。それは何故か。

 理由の一つは、同意が違法性阻却事由となることにある。すなわち、医療行為は、(純粋な問診などを除き)多かれ少なかれ本人の身体等の傷害またはその危険を伴う行為である。このような医療行為を医的侵襲行為と呼ぶことがある。このような医的侵襲行為は、刑法の傷害・暴行の構成要件に該当し、原則として違法(民法上も違法)となる。但し、本人の同意がある場合は(刑法35条の正当業務行為に該当し)違法性は阻却されるのである。

 医療行為に本人の同意が必要とされる二つ目の理由は、自己決定権(憲法13条)にある。如何なる病状について如何なる医療行為を受けるか受けないかは、極めて個人的な価値観に基づく判断による。医療行為の同意(広義のインフォームド・コンセント)は、個人の基本的人権のひとつである自己決定権に基づく権利である。

 

 2 本人の同意能力

 そこで、本人にどの程度の精神能力があれば有効な同意といえるかが問題となるはずであるが、実は余り議論されていない。医療同意は法律行為ではない。したがって、同意能力は、民法上の意思能力とは別次元の基準で判断されるべきであるが、その基準は必ずしも明確ではない。

 「患者本人において、自己の状態、当該医療行為の意義、内容及びそれに伴う危険性の程度につき認識しうる能力を備えている場合は本人の承諾を必要とする」とした地裁の判決例がある(札幌地判昭和53年9月29日)が、一般論であり、具体的な事例へのあてはめは、容易ではない。

 イギリスの判例法理によると、同意能力とは、①その治療がなんであるか、その質と目的、なぜその治療行為が提案されているのかについて単純な言葉で理解すること、②その治療の主たる利点、危険性及びそれ以外の治療法を理解すること、③その治療を受けないとどうなるかを大まかに理解すること、④情報を保持し、それを利用しかつ比較考量して意思決定に到達することができる能力とされる(「同意能力のない者に対する医療行為の法的問題点と立法提言」赤沼康弘;新井誠編「成年後見と医療行為」)。参考となるかもしれない。

 いずれにしても、たとえば認知症ひとつをとっても、さまざまな病態があり、程度がある。今後、医学的知見の集積とともに、個人の尊重、自己決定権の視点から本人の同意能力の問題をさらに緻密に実践的に議論していく必要があり、残された課題である。

   

3 現在の問題の焦点

 現在、医療同意に関連して問題とされているのは、本人に同意能力がない場合、誰が本人に代わって同意を与えることができるのかという問題である。現行法令上は、特別法の規定を除き、一般的な規定がないため問題となる。主として家族の同意と、成年後見人の医療同意が問題の焦点である。以下、課題を整理してみよう。

 

第2 家族の同意

 1 臨床現場の運用

 医療現場では、家族の同意を持って足りるとする運用がなされている。厚労省も、医薬品の臨床試験に関する実施基準(GCP平成9年厚労省令)では「親権を行う者、配偶者、後見人その他これに準ずる者」、臨床試験に関する倫理指針(2003年)においては、「配偶者、成人の子、父母、成人の兄弟姉妹、孫、祖父母、同居の親族又はそれらのこれに近親者に準ずると考えられる者」から、同意を得ることができるとしている。

 

 2 問題点

 しかし、何故「家族ないしこれに準ずる者」には同意権がある(違法性が阻却される)かについては、実は明確ではない。医療行為に対する同意は一身専属的なもので、本人以外がたとえ家族であろうと代理(代行)することができないとする見解もあることには注意を要する。医療の同意は、単に違法性阻却事由という意味にとどまらず、その人の個人的な価値観、生き方、個人の尊厳に関る問題(自己決定権)でもあるからである。

 また、同意を与える「家族」の定義・範囲及び順位も明確ではない。子供、配偶者といえども本人と何年も交流のない、あるいは極端に仲の悪い家族もおり、戸籍上の親族・配偶者というだけで当然に同意権限を認めることも問題である。さらに、家族の間で意見が違う場合の、優先順位も問題とされる。

 

 3 考察

 家族の同意が正当化されるのは、家族であれば「本人の意思を最も知りうる」  あるいは、「本人の意思を合理的に推測できる人」、「本人にとって最善の利益を図りうる人」といういわば仮説的根拠に依拠するものである。

 おそらく通常の場合は、そうであろうし、その場合は「同意の推定」(家族の意見を通じて本人の同意を推定できる)の論理により、「社会的相当性」があるとして刑法上も民事上も違法性が阻却されるということになるであろう。但し、どのような「家族」であれば同意の代行が許されるかを明確にする法整備が必要との見解もあることを指摘しておく。ただ、これも線引きの基準が大変難しいと思われる。残された難題である。

 

第3 成年後見人と医療同意

 家族の同意には、上述のような問題があるとしても、現在、学会及び実務での議論の焦点は、本人に同意能力がなく、且つ、家族がいないか家族の協力が得られない場合の医療同意の問題(緊急避難が適用される場合を除く)であり、その場合に成年後見人に同意権が認められるかという形で議論されている。

 

 1 現行法の立場=成年後見制度改正起草担当者(法務省民事局)の見解

 成年後見人は、医療契約締結権はあるが、その契約の履行として実施される治療行為その他の医的侵襲行為についての同意権がないとするのが現行法の立場である。

 このことは案外知られていないのではなかろうか。

    

 2 実務の困惑

 とはいえ、実際には、家族がいない患者には必要な医療が施せないとなると、医療現場は混乱する。他方そうだからといって、法的な権限がないにも関らず同意を求められる成年後見人は困惑である。

 実際には比較的軽微な医療行為(風邪薬の投薬や風邪の際の注射や点滴、レントゲン検査等々)については医療機関が、同意なく、あるいは付き添いの施設関係者やヘルパーの同意で行っていると思われるが、手術や危険を伴う検査、はては生命維持装置の装着問題等々については、どうなるのか。

 家族がいない、同意能力のない患者は、必要な医療をうけることができないというのは許されない。医療現場では、成年後見人の同意権付与を望む声が多い。

 裁判所の一部(千葉家庭裁判所)では、起草者の見解を超える運用を是認するケースもある。

 諸外国の例では、成年後見人に医療同意権を認め、重大な医療行為については裁判所その他の第三者機関の責任で判断させるとするものが多い。

 

 3 現行法の解釈による解決

 民法858条の身上配慮義務に対応する権限として、成年後見人に一定の範囲で医療同意権を認めるとする説がある。成年後見人には、医療契約を締結する権限が与えられ、また契約締結後の医療行為の履行を監視する義務がある。これらの職務の存在を前提とすれば、生命身体に危険性の少ない軽微な医療行為については同意の代行権限があるとする。例えば、日常生活上での健康維持管理のために行う定期的な健康診断や、各種予防接種、通常起こりうる疾病や怪我(風邪、骨折、歯痛等)についての受診、入院、治療や、あるいは、病的症状の医学的解明に必要な最小限の医的侵襲行為(レントゲン検査、血液検査等)の同意権を認める。

 この説は、法律の解釈として一応の説得力もあり、現場の混乱を避けうるメリットもある。しかし、解釈ではせいぜいこれが限界であり、生命身体への重大なリスクを伴う医療行為については同意権を認めることはできないため、やはり課題は残される。

 

 4 考察                                

 まず、自己決定権の観点から、元気なときに自分の意思(延命措置をとるとらない等)をなんらかの形で明確にしておくことが望ましい。その方法のひとつとして例えば任意後見制度や公証制度などの運用が考えられてよい。

 成年後見人の職務事項は広範にわたり、医療同意権まで与えるとなると更に責任が重くなる。現状のままでではやがてなり手がいなくなるか、極めて低レベルの成年後見人が増えるおそれがある。成年後見人に、同意権限を与えて責任を負わせれば解決するという問題ではない。

 立法解決により特定の代行権者(例えば成年後見人)に医療同意権限を与える場合は、セーフティガードとしての第三者監督機関(家庭裁判所や医療関係者による機関)の法的整備が不可欠と考える。まずは、諸外国の裁判所並みに家庭裁判所に責任と任務を負わせるための司法制度の改革(専門家要請をはじめとする人員体制の量的質的な拡充・医療機関との連携体制整備等)が必要となろう。